月刊ほんレポート
図書館のこれまでとこれから―個人的な経験から
知的創造空間としての図書館と新しい文化の創造を

 文:IRI理事 大串夏身

✐はじめに

 

 これは、昨年秋、講演のため長野に行ったときに開かれた内輪の集まりで話をした内容に増補して作成したものです。私が図書館に勤めはじめた1970年代から現在までの日本の図書館について私なりに関係したこと、調べたこと、関心をもって見聞したことをまとめたものです。私は優れた図書館員、図書館研究者の方々のように、図書館界に入る目的を持って入ったとか、入るべきよい経験などを引っ提げて入ったわけではありません。たまたま、大学卒業間近の2月に大学事務局から必修の体育2単位を取っていないので卒業できないと告げられて、親の怒りを買って、卒業までに何か資格を取るように命じられて取った資格が司書の資格だったというだけです。それも博物館学芸員を取ろうとしたのですが、最初のほうにあった35ミリの映写実習でピントが合わないのは何故かと教授から聞かれて、目が悪いからと答えたところ、それでは学芸員は無理だと告げられ、ほかに取れる資格はあるかと聞くと、司書なら空きがあると言われて、司書の方に回ったというだけです。

 では図書館にはどんな記憶を持っていたかというとあまりいい記憶はありませんでした。むしろ暗い記憶です。というのは、幼稚園でひどいいじめにあって、地元の学校に行くとまたいじめられると心配した両親がずっと遠くの学校に通わせることにしたのです。学校では、まず如何にしていじめられないようにするかが最大の関心事でした。誰とでも仲良くする、目立ったことはしない、クラスなどで対立する意見があったときは多数派につく、先生には近づかないという具合で、クラスにはあまりなじめなかったので、いつも休み時間は図書館に行っていました。何をするということもなかったのですが……。ですから、心象風景としてはいつも一人でぼんやりしている自分が図書館の片隅にいるというもので、図書館というと暗いイメージでした。さすがに大学に行くという時期になって考えました。このままではいけない。選択肢を2つ考えました。一つは誰も知る人がいない土地でやりなおす、二つはいじめられたことを書くことができる文章表現力をつける、です。前者は、北海道教育大学に釧路か網走に分校というのがありましたので、そこに行く、後者は早稲田大学文学部に入るのです。後者にして、1年間浪人生活をして勉強しました。幸い早稲田大学文学部に入ることができ、学内の文学サークルに入るとともに、東中野にあった日本文学学校に通って、そこで知り合った詩人長谷川竜生が主宰する月曜詩会というサークルに入れてもらい、勉強しました。学園紛争の時代でもあって、あまり大学には行きませんでした。それで卒業時に2単位不足ともなったのですが。

 小・中・高等学校での姿勢は社会に出てからも変わりませんでした。ですから、図書館との関わりでも、特に目立った行動をとったり意見を述べたりするということはありませんでした。対立する意見に出会うと両方の意見をよく聞いて徹底して調整を図るとスタンスでした。むしろ、そうした対立する場に出会わないようにするという姿勢でした。それでも、1、2、そうしたことに巻き込まれたことはありましたが。このレポートは、以上のような事情が背景にあるということで読んでいただけるとよいかと思います。

 

✐著者について

大串 夏身 (おおぐし なつみ)oogushi

東京都出身、元昭和女子大学教授。
都立中央図書 館に図書館司書として勤務。以後、特別協議会調査部、東京都企画審議 室調査部などを経て、昭和女子大学教授、図書館情報学担当。著作『これ からの図書館 増補版』(青弓社)、『インターネット時代のレファレンス』(日外アソシエーツ)など多数。


 

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